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主な見学ポイント
(1)信濃町駅付近
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(2)新宿御苑正門
(3)内藤町
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(5)多武峰神社
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(6)玉川上水の江戸の町への配水地 玉川上水の碑
(7)四谷大木戸跡の碑
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(8)内藤新宿(甲州街道の宿場町)
| 江戸浅草阿部川町名主 高松喜六が願い出て、元禄11年(1698)に開設された宿場。享保3年(1718)幕命にて取りつぶし(内藤大八事件)。明和9年(1772)道奉行 安藤弾正少弼 許可再開。飯盛女150人と制限(品川500人、他は150人)。大木戸〜追分 間に町屋をつくる。 |
| 内藤氏菩提寺。境内に江戸六地蔵のひとつ、閻魔堂、奪衣婆(だつえば)の像、内藤氏累代の墓、不動堂 布袋尊(七福神のひとつ)、切支丹燈篭などいろいろある。 | |
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(10)正受院(しょうじゅいん)
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内藤新宿の鎮守。尾張公創建。 三光院稲荷、石燈篭(高松喜六寄 進)、銅の唐獅子(文政4年 氏子奉納。区文化財)昭和3年9月富士塚。伊勢丹が氏子になっている。 |
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(13)伊勢丹・三越物語
| 伊勢丹は神田松坂町呉服店。新宿三丁目の市電車庫のあとにうつる(昭和8年)。隣は大正15年ほていやデパート(四谷布袋屋呉服店がうつる)。昭和10年伊勢丹がほていやを合併する。 三越は震災後、追分にマーケットを開く(市内8ヶ所のひとつ)。大正14年、新宿駅前(現スタジオアルタ)。昭和5年 現在地。 |
(以下、3ケ所は時間の関係で割愛、ここまでで午後2時となる、参加者51名、梅雨の中休み、晴天、気温30度を超える、)
(14)天竜寺
(15)東京みちの情報館
| 国土交通省が平成12年8月10日(道の日)に開設。新宿御苑 新宿門隣。TEL:3226-6712 |
(16)新宿御苑の変遷
| 明治5年9月:内藤氏上納の土地と隣接地で大蔵省所管「農事試験場」設置。 明治7年:内務省所管「農事修学所」設置。 明治12年:宮内庁所管「新宿植物御苑」。果樹・野菜等の研究。 明治34年:庭園化。明治39年:「新宿御苑」となり、皇室の庭園として 外人客を迎えたりした。 昭和24年:一般公開。「国民公園新宿御苑」 昭和46年:環境庁所管。 |
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玉川上水落水跡:玉川上水の水量を調節するための落ち水を流す溝が新宿御苑東側にあった。現在はその痕跡が見られるだけである。 |
玉川上水暗渠:新宿御苑 大木戸門交差点から新宿駅へ向かっての眺望。 |
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正受院-梵鐘:1711年に鋳造された正受院-銅造の梵鐘。総高135cm、口径72.8cm。この鐘は太平洋戦争中に金属供出されたが、戦後アイオワ州立大学内海軍特別訓練隊で発見され、昭和37年12月に正受院に返還された数奇な来歴を持つ。「平和の鐘」と呼ばれる。(正受院-説明板より) |
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『解説』玉川上水と江戸西郊の開発 承応二年(一六五三)家光の遺志を継いだ家綱は、玉川上水、つまり多摩川と江戸を直結する水路の開発を計画し、羽村ー内藤新宿大木戸間(現在の西多摩郡羽村町−新宿区内藤町)間の約四四キロの水路を、武蔵野台地上に掘り割った。 |